顕微鏡光学(基礎)



良い顕微鏡の選び方
山内 昭




 顕微鏡や望遠鏡は純粋な人間の感覚を混乱させる性質を持っている。
Goethe




r-ball顕微鏡の種類

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システム顕微鏡:通常の使用では、最初から高倍率のフルセットは必要ありません。顕微鏡部品は基本的にDIN規格に基づいて作られているので、システム顕微鏡であれば機能を満たす最小限のセットを購入し、後から追加することが可能です。そのため、汎用性の高いボディーを購入することをお勧めします(写真:オリンパスCHシリーズ)。

顕微鏡メーカーのショールームや、カタログを見ると、多くの種類が売られていることがわかります。
顕微鏡と名の付くものとしては、生物顕微鏡、鉱物顕微鏡、実体顕微鏡などさまざまです。さらに、光学的な分類として、位相差顕微鏡、偏光顕微鏡、蛍光顕微鏡、ノマルスキー微分干渉顕微鏡などといった種類もあります。ケーラー照明、暗視野照明、落射照明などといった照明方法の違いもありますし、双眼、三眼といった接眼部の形状の違いもあります。これらはみな使用目的によって作られたものですから、購入するときも、まず顕微鏡で何を監察したいのかというこちらの使用目的を明確にする必要があります。
小動物の検便が主な使用目的であり、原虫や虫卵などの微細な生物を検出したいのであれば、通常の明視野生物顕微鏡であれば十分でしょう。大学や動物病院などで広く使われているのもこのタイプです。さらに深く研究したい場合は位相差顕微鏡を検討するのも良いと思いますし、長時間使用することが前提であれば双眼ヘッド、写真を撮る予定がある場合は三眼鏡筒が必要となります。
システム顕微鏡では、これらの部品はすべてボディと組み合わせて付け替えることが可能なので、自分の使用目的に合わせて組み上げることができることろがメリットです。
顕微鏡は、大切に扱えば生涯、もしくは何世代にも渡って使用可能なものですから、できるだけ品質の高いものを最初に選んでおくことをお勧めします。長い目で考えると、ここで時間とお金をかけて良い選択をすることが、結局節約につながると思います。
顕微鏡を検討するとき、決して倍率に惑わされてはいけません。顕微鏡の性能を大きく左右するのは、対物レンズの品質です。妥協して、倍率だけ高倍率で、質の悪いレンズのセットを購入すると、必ず不満が発生し、興味を失ったり、買い替えの必要が発生し、その方が大きな損失となります。デパートや量販店で売られているものの多くは「最高倍率800倍」とか、「1500倍」などど倍率が高いほど良いような印象を受ける宣伝文句が書かれていますが、買う側が正しく評価する目を持たなければなりません。
一般的に原虫などの小さなものを検出する場合でも対物レンズ40倍、接眼レンズ10倍の総合倍率400倍程度です。さらに詳しく観察する場合に100倍の対物レンズを使用するくらいでしょう。質の悪い1000倍の顕微鏡よりも、良質の400倍の方が遥かに解像度が高く、よく見えるものです。これを実感するために、一度ショールームに足を運ぶことをお勧めします。

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システム顕微鏡のシステム構成図:システム顕微鏡では、顕微鏡本体、ステージ、鏡筒、対物レンズ、接眼レンズなどがすべて目的に合わせて選択できるようになっています。必要なものだけを揃えることによって、初期投資を抑えることも可能です。たとえば、最初は対物レンズ1本でも顕微鏡としては完成しますし、はじめは写真を撮る必要がなければ単眼鏡筒や双眼鏡筒で十分です。将来、より本格的に研究をするようになった場合に買い足すことができます。

以上のような観点から、初めて買う顕微鏡でも、システム顕微鏡をお勧めします。たとえそれが小学生のお子様のためであっても、見えない高倍率の顕微鏡では、せっかくのミクロの世界に対する好奇心を奪ってしまうことにもなりかねません。
システム顕微鏡の最小構成として必要な部品は、顕微鏡本体、ステージ、鏡筒、対物レンズ、接眼レンズです。これらを予算の範囲内で検討してみてください。この中で、できれば妥協したくないのが対物レンズです。例えば、アクロマートの10x,20x,40x,100xの4本セットと、10x,40xのアポクロマートもしくは、プラン系レンズが同等な価格だったら、後者を選択することを強くすすめます。
予算内で最初は最小セットを揃えておけば、後日より深く研究したくなった場合や、写真を撮りたいなどといった要望に対応するために、買い足しや組替えができるところがシステム顕微鏡のメリットです。
新品でも中古品でも、汎用的に作られたボディーがあれば、そこからスタートして、必要なものだけを追加していけば良いのです。すべてセットになった高額な顕微鏡を最初に買うのはおすすめしません。セット品は使わないものも含まれていることが多く、そういうものに費用をかけるのだったら、1本の対物レンズに費用をかけたほうが良い結果を導くでしょう。最小構成で使ってみれば、次に何が必要かおのずと分かってくるものです。


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顕微鏡のボディは通常、照明装置内臓のベース部、焦点調整用粗微動装置、ステージ、レボルバーがセットになっているものが多いようです。より汎用的な機種では、これらもすべて分割されていて、使用目的に合ったものを選択できるようになっています。


照明装置

高倍率の対物レンズを使う予定がある場合や、位相差、偏光などの特殊な照明を行う予定がある場合は、出力の高い照明装置が必要となります。そのような場合はハロゲン球などが内臓されているワット数の高いものが良いでしょう。通常の観察ではタングステン球でも問題ありません。
最もよく使われるコンデンサはアッベタイプです。照明装置とコンデンサの組み合わせによって、ケーラー照明が可能であることを確認します。特に写真を撮影する場合には必須です。
そして、コンデンサの開口数(NA)が使用予定の対物レンズのNA以上あることも確認します。NAが小さいコンデンサでは、対物レンズの性能をフルに発揮できません。特に油浸100xレンズを使う場合は、最低でもNA1.25は必要となります。


粗微動装置

ボディには、ピント調整のためにステージを上下する粗微動装置が備わっています。特に高倍率で使う場合や、写真撮影を行う場合は微動装置がないと合焦が困難になります。
顕微鏡を選ぶとき、この粗微動装置をよく確認する必要があります。良くできた顕微鏡ではバックラッシュ(ガタ)がなく、時計回り・反時計回りに交互に回したときに空白区間がありません。バックラッシュがあると、ピント合わせは非常に困難になります。特に中古の顕微鏡などでは注意が必要です。


ステージ

予算が許すのであれば、ステージはメカニカルステージを選択することを強くおすすめします。原虫などは動きが速く、視野からすぐにはずれてしまうものですが、高倍率で観察しているときに手でスライドガラスを動かして原虫を追いかけるのは不可能でしょう。像も倒立像なので、動きとは逆の方向にスライドを動かす必要があります。ある程度の馴れが必要ですが、メカニカルステージがあればそれが容易になります。また、相手が動かない虫卵などでも、スクリーニングを行う際に重宝します。
メカニカルステージの移動ノブも、バックラッシュがないことを確認してください。遊びが多いと追跡は困難となります。


レボルバー

レボルバーはいくつかの対物レンズを取り付け、切り替えを容易にする装置です。これはボディに固定されているものと、オプションでつけかえられる場合があります。用途によって対物レンズのねじ込み穴の数が違います。通常の使用では、4つあれば十分でしょう。大型の顕微鏡では6個以上穴の空いたレボルバーがありますが、すべて使うことは稀だと思います。
通常、対物レンズのネジ径とネジ山のピッチはDIN規格で定められたものになっています。規格が統一されているため、おすすめはしませんが、対物レンズだけを他のメーカーのものに変えるということも可能です。
ただし、古いものや、DIN規格外で設計されたものもありますので、確認が必要です。


r-ball鏡筒

システム顕微鏡では、目的に合わせて鏡筒を選択できるようになっています。代表的なものがいくつかあります。
単眼鏡筒は一つの接眼鏡を設置して片目で覗くタイプの鏡筒です。コストも安く、光路が最も単純なので解像度の面でも有利です。また、対物レンズからの光を途中で分離しないので、明るさもあります。しかし、片目での観察になるので、長時間使用すると眼が疲れやすくなりますし、写真撮影は困難です。
長時間使用する場合は、双眼鏡筒が適しています。光路を途中で2分し、両眼で覗けるようにしたものです。双眼鏡筒を使う場合は接眼鏡も同一のものが2個必要となり、コスト的には高くなりますが、一度双眼鏡筒を使うと手放せなくなるほど覗きやすいものです。
対物レンズからの光路を2分するので各々の視野は暗くなりますが、照明装置に余裕があれば問題ないでしょう。
写真やビデオ撮影をする予定がある場合、3眼鏡筒がおすすめです。コストはさらに高くなりますが、本格的な写真を撮る場合は必要な設備となります。
これは双眼鏡筒の上部に撮影用の鏡筒が付いているものです。通常の眼視観測では双眼鏡筒として使用でき、写真撮影時に光路切り替えによって撮影用の鏡筒に光を導くようになっています。光路切り替えは数段階に分かれていることが多く、半分とすると眼視は視野が暗くなりますが撮影しながら双眼部から視野を見ることもできます。
3眼鏡筒を使用する場合は、2個の接眼鏡と、写真撮影用のレンズが必要となります。


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対物レンズ:対物レンズは、顕微鏡構成部品の中で、最も重要なパーツです。収差を補正した品質の高いレンズを選択することをおすすめします。対物レンズの性能評価は倍率ではなく、収差の補正度合なのです。(写真:オリンパスのアクロマートレンズ)

対物レンズを語る前に、一般的な光学レンズの特性についておさらいしておきましょう。
光をレンズなどで屈折させて像を結ぶと、必ず様々な収差の問題が発生します。収差には、色収差、像面湾曲収差、非点収差、コマ収差など様々なものがあり、すべて像を著しく劣化させるものです。特に顕微鏡は対物レンズと接眼レンズによって2段階に拡大されるので、対物レンズの収差はそのまま接眼レンズによって拡大されてしまいます。顕微鏡の歴史は収差との戦いであったと言っても過言ではありません。
1枚のレンズで、これら収差を取り除くことは物理的に不可能です。しかし、いくつかのレンズを組み合わせることによって、収差を小さくすることは可能です。それに気付き、収差の少ない光学レンズの設計に取り組んだのがドイツの天才アッベです。アッベはガラスの材質の研究からレンズ設計まで光学理論を築き、現在でも受け継がれています。アッベが作ったショット社(ガラス)、ツァイス社は現在でも最高品質のガラスやレンズを生産しています。
顕微鏡で重要な収差は、色収差と像面湾曲収差です。では、この2つについて触れてみましょう。


色収差

プリズムの実験からも推測されるように、屈折率の異なる媒質を通過すると、白色光はその構成スペクトルに分解されます。これは、白色光は連続した様々な波長の電磁波で構成されており、各波長によって屈折率が異なるために起こる現象です。長い波長(赤)は屈折率が小さく、短い波長(青・紫)は屈折率が大きくなります。
レンズは連続したプリズムと見ることができ、プリズムと同様の現象が起きます。1枚の凸レンズで集められた光は、厳密には1点に焦点を結ばず、色毎に異なった位置に焦点を結びます。青は手前(レンズに近い側)に焦点を結び、赤は遠くに焦点を結びます。これが色収差と呼ばれているものです。
光を屈折させると色収差は必ず発生し、透過型の光学系では避けることができない問題です。特に顕微鏡では対物レンズの色収差は接眼レンズでさらに拡大され、補正していないレンズで見た像の輪郭はすべて虹色になってしまいます。


像面湾曲

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像面湾曲:単体の凸レンズの焦点面は平面ではなく、球面の一部となります。

一般的に、球面に磨かれた単体凸レンズの焦点面は平面ではなく、球面になります。
この現象は多くの補正されていないレンズで見ることができます。中心に焦点を合わせると周辺がボケる現象として現れます。周辺に合わせると、今度は中心がボケます。
しかし、われわれの眼球(網膜)は球面であるため、眼視観測ではそれほど気にならないかもしれません。しかし、カメラのフィルムやCCDは完全な平面なため、像面湾曲収差の影響は顕著に現れます。中心でピントを合わせると、中央付近の小さい範囲にだけ合焦し、周辺は何が写っているかわからないほどボケるはずです。


色収差の補正

白色光は連続したスペクトルの合成されたものであり、無限の種類の波長が存在しています。そのため、そのすべてを1点に合焦させるのは不可能なことです。
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アクロマート:凸レンズと凹レンズの組み合わせにより、2色の光を1点に収束させることは可能です。

アッベ(エルンスト・アッベ:ドイツ:1840〜1905)は、凸レンズと凹レンズで白色光の色分解の方向が逆になることを利用し、様々な材質のレンズを組み合わせて総合的に色分解の少ない焦点像を得る方法を開発しました。
ガラスに様々な物質を融解すると屈折率や色の分散率が変わります。彼は様々な物質を研究し、屈折率の高いガラス、低いガラス、分散率の高いガラス低いガラスを作り、それらを凸面、凹面に研磨して最適な組み合わせを得る方法を確立しました。
しかし、分散率は光の波長によって異なり、さらに部分分散といって特定の波長の屈折率が高いものもあるので、すべてのスペクトルを1点に結像させることは不可能です。人間の眼では、赤と青の色収差が特に目立って見えるので、彼はこの2色に注目し、この2色が1点に焦点を結ぶ材質と凸凹レンズの組み合わせを開発しました。アクロマート(Achromat)レンズの誕生です。単レンズに比べて飛躍的に性能の高いレンズになります。現在でも、アクロマートレンズは、2色の色消しをしたレンズの総称として使われています。
同様な技術を使い、3色(赤、青の他、メーカーによって黄色だったり緑だったり紫だったりする)を1点に結像させるレンズも開発されました。これはアポクロマート(Apochromat)レンズと呼ばれています。現在、アポクロマートレンズは最も優れたレンズですが、レンズ枚数が増え、設計が困難であり、特殊な材質、高精度な加工技術、コーティング技術の集大成なので、高価格になってしまうのが難点です。
理論的には4色、5色といった色消しも可能ですが、レンズの構成枚数が飛躍的に増え、コントラストが低下する副作用が大きくなってしまいます。そして、何よりも市販できる価格にはならないでしょう。
現在でも、できるだけ構成枚数が少なく、コントラストが高く、色分解が少なく、低価格なレンズ設計への挑戦が続いています。良く見え、より低価格なレンズとしてセミアポクロマートと呼ばれるレンズ群があります。これらは、いくつかのレンズが省略され、アポクロマートよりも低価格で、アクロマートよりも良く見えるレンズの総称です。
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分散率:プリズムに白色光(太陽光など)を通過させると、虹色にスペクトル分解されます。これは白色光が様々な波長の光の合成であり、各波長の屈折率の違いによって起こります。分散率は、白色光がスペクトルに分散される割合で、ガラスの材質によって異なります。
上:分散率が高い物質、下:分散率が低い物質

近年、ガラスの開発が進み、色収差除去の別のアプローチが進んでいます。天然鉱物の螢石(フローライト)は元々分散率が非常に少ないことが知られていました。しかし、硬度が低く、レンズとして加工するのが困難でした。それが研磨技術の向上によって精度の高いレンズを作る技術が開発され、望遠鏡や顕微鏡、カメラのレンズなどにも使われはじめました。望遠鏡の世界ではフローライトレンズと呼びますが、顕微鏡の世界ではドイツ読みのフルオリートレンズと呼ばれています。フルオリートはそもそも色分解の少ない材質なので、色収差が少なく、補正レンズも少なくてコントラストを上げることができます。最近はより優れた人工結晶や、EDやSDと呼ばれる低分散ガラスや異常部分分散ガラスなどが開発されています。
また、加工技術も常に進化し、従来の球面では補正しきれない収差を取り除く非球面レンズも使われはじめています。
このように、アッベの時代から数百年経っても、人間の収差との戦いは際限なく続いているのです。
現在市販されている対物レンズは、おおまかに次のようなグループに分けられています。 性能も価格もこの順序になっています。


像面湾曲収差の補正

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像面湾曲収差を補正したレンズ:「Plan」と刻印のある対物レンズは、像面湾曲収差を補正した高品質のレンズです。プラン系のレンズは像面が平坦で、視野中心も周辺も同時にピントが合い、眼視観測にも写真撮影にも適しています。特に写真撮影には必需品です。(写真:オリンパスプラン対物レンズ。4x, 10x, 20x, 40x, 60x, 100x oil )

レンズ開発は日々進歩しています。材質は新しいものが開発され、コンピュータの導入によって複雑なレンズ構成の設計が可能になり、様々な収差補正が可能になってきています。また、レンズの加工技術も進み、今まで球面レンズで補正できなかった収差を非球面レンズで補正する技術も確立されてきました。
われわれの眼を考えてみましょう。解剖学的にも、私たちの眼のレンズは単純な1つの凸レンズです。しかも、レンズの曲率を変えて、焦点距離を変えられるという優れた構造になっています。収差の除去に数百年も人々が取り組んでも完璧なレンズが作れないというのに、私たちの眼は完璧な性能を発揮しているように見えます。健康な人では、裸眼で色収差が見えるという人はいませんし、直線は直線に見えます。これは、人間がものを網膜で見て知覚しているのではなく、網膜で得た像を脳で処理し、自動的に様々な収差を除去しているからなのです。物理的には単純な凸レンズ1枚では沢山の収差が発生しているはずなのです。
そのため、顕微鏡などの眼視観測では、ある程度脳で補正された像を知覚しているので、多少像がゆがんでいても比較的よく見えます。望遠鏡でも顕微鏡でも、よく見なれている人ほど良く見えると言いますが、これは長時間覗くことによって、脳の収差補正回路が確立されてきているのだと思います。人間の視覚は驚くほど優秀です。
しかし、写真は正直で、すべての収差を補正なしに正確に写し撮ってしまいます。通常のレンズの像面は球面の一部になるので、球面の網膜でうまく結像していたものでも、平面であるフィルムやCCDでは視野の一部にしか焦点が合いません。中心に焦点を合わせると、周辺はボケた画像になってしまいます。
顕微鏡の対物レンズでは、フィールドフラットナーなどの特殊なレンズを追加し、像面を平坦にしたものが開発されています。これらはプラン(Plan)レンズと呼ばれています。
プランレンズには、視野数に対応したいくつか種類があります。構成する鏡筒や接眼鏡に合った視野数のプランレンズを選択する必要があります。


その他対物レンズに刻印されている様々な指標

開口数(NA)

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開口数(NA):顕微鏡の対物レンズの分解能は口径ではなく、開口数で表します。図において、媒質の屈折率をnとしたとき、開口数はn×sin(α)で表します。

望遠鏡やカメラのレンズでは、対物レンズの口径と分解能は比例します。口径が大きくなるほど分解能が上がります。そのため、パロマーの天体望遠鏡は直径5mあり、ハワイにできたスバル望遠鏡は口径8mもあります。
顕微鏡の場合は遠くのものを見るのではないので、望遠鏡のように平行光線に近いものではありません。至近距離からの角度のついた光をどこまでレンズに導入できるかによって分解能が変わってきます。また、角度のついた光はガラス面で反射するので、ターゲットとレンズ間の媒質の屈折率も大きくかかわってきます。そのため、口径などでは分解能の指標とすることができず、図のようにn×sin(α) (nは媒質の屈折率)で表します。これを開口数と呼びます。これは、対象物からの光がどれだけ有効にレンズに導入されるかの指標となり、開口数が大きなレンズほど解像度が高くなります。また、屈折率がガラスに近いオイルを媒質とすることにより、開口数が飛躍的に上がることもわかります。


媒質指定

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媒質:「oil」と刻印されたレンズでは、必ずイマージョンオイルを使用します。ガラスとほぼ同じ屈折率のオイルなので、至近距離から浅い角度でレンズ周辺に到達する光も全反射せず、レンズに導入されます。

高倍率の対物レンズでは、レンズとカバーガラスの距離が極端に短くなります。そのため、媒質が空気の場合はレンズ中央付近の限られた径に到達した光のみがレンズに導入され、その他はレンズ面で全反射されてレンズ内に導入されません。したがって、レンズの口径を有効に活用することができなくなります。それを防ぐために、高倍率の対物レンズでは媒質指定があり、通常はカバーガラスとレンズの間に特殊なオイルを注入して使用します。これはイマージョンオイルと呼ばれ、1.516とガラスの屈折率に近い屈折率をもつものです。これを媒質に使うことにより、光の全反射がなくなり、対物レンズの有効径がすべて利用できるようになり、解像度が飛躍的に向上します。
コップに入れた水の中の氷は見ることができます。同じ水ですが、液体と個体では屈折率が異なるため、氷の輪郭が見えるのです。しかし、面白いことにイマージョンオイルの中にガラスを入れると完全に見えなくなります。
60倍を超える対物レンズでは、通常「oil」の刻印があり、媒質をイマージョンオイルにしないと著しく解像度が低下します。


鏡筒長

対物レンズ取付面から接眼レンズ取付面までの光路長を表します。歴史的には2種類存在しましたが、現在は160mmで規格統一されています。慣例的な表示ですが、古い顕微鏡などで、鏡筒長が160mmではないものには使用できません。
最近では無限遠光学系といって、対物レンズから接眼レンズ直前の結像レンズまでを平行光線とする光学系ができ、鏡筒長が関係ないものもあります。この場合、光路途中に様々な装置(落射照明装置や撮影装置など)を自由に設置できるメリットがあります。


カバーガラス厚指定

顕微鏡では、観測物体から接眼鏡を抜けるまでに通過するものがすべて光学系となります。したがって、物体からの光が最初に通過するのがカバーガラスです。カバーガラスは多くは使い捨てにされ、おろそかにされがちですが、光学系の最初の重要な位置にあります。解像度の高いレンズはカバーガラスも含めた光学系として設計されているので、設計通りのカバーガラスを使用しないと性能を発揮できません。
良いレンズには、良いカバーガラスを使用しましょう。MATSUNAMIなどから販売されているカバーガラスには、0.12〜0.17(JIS規格No.1)などのように、厚みとその誤差の範囲が明記されています。できるだけレンズ刻印に近い厚みのカバーガラスを使います。
なぜかNo.1が「一番良いもの」と信じられているようで、病院や研究所などでNo.1が一番多く使われているようですが、これは間違っています。薄ければ良いというわけではありません。特に球面収差を除去するために、特定の厚みのカバーガラスを使用することを想定して対物レンズは設計されているので、レンズ側面に刻印された数値に近いものを使う必要があります。
多く(オリンパス、ニコン、ライカなど)の顕微鏡メーカーの生物顕微鏡対物レンズは、カバーガラス厚0.17mmで最高の解像度が出るように設計されています。JIS規格のNo.1では、0.12〜0.17mmのばらつきがあり、平均すると0.145です。平均値として指定の0.17mmとは0.025mmも異なります。ばらつき最小値の0.12mmとの差は0.05mmにもなってしまいます。0.05mmの差は、顕微鏡の世界としては大変大きな値で、カバーガラス厚が0.01mm異なると解像度が半分、0.02mm異なると解像度が1/10にまで低下すると言われています。したがって、カバーガラス厚指定が0.17mmと刻印されたレンズには、No.1のガラス厚は規格が合っていないのです。
規格に適合した製品は、No.1Sです。多くのメーカー(オリンパス、ニコン、ライカなど)も、カバーガラスはNo.1Sの使用を強く推奨しています。No.1Sは、ガラス厚0.15〜0.18mmで、平均厚さ0.165mmです。指定厚0.17mmとの差は0.005mmです。特に40倍以上の倍率では、必ずNo.1Sを使うようにしましょう。
カバーガラス厚の影響は、おそらく皆様が思っている以上に大きいものです。そのため、開口数が大きいアポクロマート(APO)レンズでは、カバーガラス厚のばらつきを補正するための補正環がついているくらいです。


dplan40
高品質の対物レンズ:レンズ側面には様々な情報が刻印されているはずです。DPlanは視野数20までの像面湾曲収差を補正したアクロマートレンズ、40は倍率を表します。その下の0.65は開口数、160はDIN規格の160mm鏡筒長仕様、0.17はカバーガラスの指定厚を表しています。

DPlan 10 0.25 160/0.17
は、倍率10倍のプラン対物レンズで、開口数が0.25、鏡筒長160mm用で、0.17mmのカバーガラス厚指定
A 40 0.65 160/0.17
は、倍率40倍のアクロマートレンズで、開口数が0.65、鏡筒長160mm用で、0.17mmのカバーガラス厚指定
PlanApo 100 oil 1.40 160/0.17
は、倍率100倍の油浸プランアポクロマート対物レンズで、開口数が1.40、鏡筒長160mm用で、0.17mmのカバーガラス厚指定
註:これらの表記法はメーカーによって多少異なります。


r-ball接眼レンズ

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接眼レンズ:5倍、10倍、15倍、20倍のものが市販されていますが、高倍率のものは視野がせまく、覗きにくいものです。10倍以下で、広視界のものをおすすめします。

顕微鏡は対物レンズで拡大した中間像を接眼レンズでさらに拡大するので、総合倍率は、対物レンズの倍率×接眼レンズの倍率で計算されます。
倍率が高いほど良いと勘違いされることが多いですが、光学顕微鏡の場合、対物100倍で接眼レンズ100倍で総合倍率1万倍といったものは存在しません。100倍の接眼レンズがあったとしても、焦点距離が短くて覗くことが不可能ですし、それよりも1万倍ともなると光の波長の域に達してしまうので何も見えないでしょう。光学顕微鏡の限界は、1000倍から1500倍程度であるといわれています。
また、接眼レンズは対物レンズの中間像を拡大するだけなので、倍率を高くしても解像度は上がりません。むしろ対物レンズに残っている諸収差がさらに拡大されるだけなので、過剰に倍率を上げても像が不鮮明になるだけなのです。対物40倍接眼10倍と対物20倍接眼20倍ではどちらも400倍になりますが、前者のほうが遥かに見やすく、解像度も高くなります。
接眼レンズにもその性能を示す様々な指標が刻印されています。

倍率

5x、10x、15x、20xのものが市販されていますが、10倍のものが適度な倍率があり、覗きやすいのでおすすめします。倍率が高いものは暗く、覗きにくく、視野が狭くなります。

視野数

対物レンズによる中間像(虚像)は接眼レンズの手前に結像し、接眼レンズはそれをさらに拡大します。
鏡筒の物理的制約、光学的制約によって、拡大できる虚像の範囲が決定されます。これは視野数と呼ばれ、拡大可能な有効範囲を直径で表します。通常は倍率とともに視野数も接眼レンズ側面に刻印されています。
通常の視野は10〜12程度です。広視野のものでは18〜20、超広視野のものでは26〜29ほどあります。一般的な規格では鏡筒の径は24.5mmなので、視野数20くらいが限界です。広視野のものほど一度に多くの情報を見ることができますが、対物レンズ、鏡筒、接眼レンズも広視野用のものにする必要があり、高額なものになってしまいます。通常は広視野のもので十分でしょう。


アイポイント

接眼レンズのレンズ面から眼の位置までの距離を表します。ハイアイポイントとして設計された接眼レンズは覗きやすく、眼を離しても全視野を覗けるので、眼鏡をかけた人でもそのまま覗けるので、特にありがたい設計です。
倍率が高くなるほどハイアイポイントにするのは困難であり、眼をレンズに近接して観察する必要があり、まつげがレンズに触れて大変覗きにくくなりますし、レンズも汚れます。


その他注意事項

顕微鏡によっては、対物レンズと接眼レンズの組み合わせによって収差を補正していることもあるので、対物レンズと接眼レンズは同一メーカーのものを使用します。

WHK 10x/20
は、広視野、ハイアイポイント、10倍、視野数20mmを表しています。

r-ballまとめ

良いシステム顕微鏡に出会えれば、きっと目的に合った構成で揃えることが可能です。繰り返しますが、倍率に惑わされないことです。倍率だけを誇示した中途半端なものを買ってしまうと、折角の好奇心も夢も奪われてしまいます。それだけは避けていただきたいと思います。
良いボディを買っておけば、最初は単眼鏡筒で、対物10倍と40倍、接眼鏡10倍ではじめれば費用を抑えることが可能です。より興味を持ったら、対物レンズを追加したり、位相差レンズにしたり、3眼鏡筒にして写真を撮るといったように発展させることができます。
顕微鏡は高額なものですが、良いものを買っておけば何代にも渡って使うことができるものです。アッベの開発した優れた顕微鏡に出会うことによって、コッホが結核菌を発見したように、将来あなたが買った顕微鏡で誰かが歴史的な発見をするかもしれないのです。