Welcome Sammy Project



1998年1月1日

この記事は、ロサンゼルスに在住する女優江黒真理衣さんによるものです。彼女は女優である前に、熱烈なイグアナ愛好家であり、サミーちゃんという美しいイグアナと暮らしていました。ところが、仕事の関係で、今年の初めから長期間日本で活動することになってしまったのです。彼女にとって、サミーちゃんと離れて暮らすことは、考えられないことでした。サミーちゃん輸送計画の奮闘記です。(原文英語、翻訳:山内昭)



イグアナのビザ(VISA)



1997年秋、演劇の練習のために、2ヵ月間日本に滞在しました。私にとっては、演技の勉強ができる、またとない機会でしたが、一つだけ気になってしかたがないことがありました。それは、私の愛しいイグアナ、サミーをロサンゼルスのベビーシッターに預けてこなければならなかったことです。これは耐え難いことでした。 サミーは、本当に赤ちゃんの時から育ててきました。彼女が生まれて以来、こんなに長く離ればなれになったのは、この時がはじめてのことでした。

その後、より長期に渡って日本で活動する計画が決まり、この問題を解決するためには、サミーを日本に連れてくる しかないという結論に達しました。彼女なしでは、私も思うように日本で仕事ができないのです。 しかし、ここで問題にぶつかりました。あのような大型のイグアナをどうやって合法的に連れてくるかです。もうセーターに隠して持ってくるわけにはいきません。彼女は、すでに1メートルを遥かに超えているのです。

そう、「イグアナのビザ」を取る必要があったのです。

最初は、何から始めたらいいのか、まったくわかりませんでした。 まずは、ありとあらゆる人に聞いてまわりました。獣医、インターネットのイグアナチャットグループ、カリフォルニア南部に多数あるイグアナのブリーダー、爬虫類ショップ、ワシントンのUS Fish and Wildlife の本部、そして、もちろんYILの山内ご夫妻。

ある人には、それは不可能だと言われました。また、ほとんどの人は、そんなことを考えること事態がおかしいという反応でした。あるペットショップでは、「そんなの、こっちで彼女を売って、日本で新たに買えばいいじゃない」と言われました。こういう反応には、本当に失望しました。

そんな中で、山内イグアナ研究所との相談の結果、可能性の高い結論を導きました。そして、色々と調べるうちに、サミーを日本に連れて来れる確信が持てるようになってきたのです。

まず、サミーをアメリカから出国させるための、「輸出許可」を取る必要がありました。そのために、サミーが最初にどこから来たのかを証明しなければなりませんでした。そして、輸送手段も、安全で動物に害がない方法であることの説明も求められました。

wsp21receipt 最初に引っ掛かったのは、爬虫類ショップでサミーを買ったことの証明です。このショップは、ロサンゼルス南部にあり、長年家族で経営しているショップでした。イグアナの輸入やブリーディングも行っており、他の爬虫類も 多く扱っているお店です。しかしながら、サミーを買ったのはすでに3年以上も前のことであり、ショップは健在でしたが、そんなに前の記録までは保存されていませんでした。何十という他のショップに電話して、サミーをそこから買ったふりをしようとしましたが、どこも協力してくれませんでした。残された方法は、サミーを買った時の領収書を探すことです。
3日3晩、家の中のものをすべてひっくり返して、とうとう見つけました。1994年8月9日。サミーを買った日の領収書です。サミーが生後6週間だったことが思い出されます。

wsp11exportpermission 領収書を添付して、輸出許可の申請を行いました。当初、30日から60日かかると言われていましたが、実際は2週間ほどで輸出許可を取ることができました。申請を出してから、またすぐに次の劇の練習のために日本に行かなければならなかったのですが、申請が許可されるまで、毎日、ワシントンの本部に進行状況がどうなっているかを聞くために電話をしました。結果、2週間後には、もう私のファーストネームを聞いただけで分かってもらえるほど覚えられてしまいました。彼らにとってはずいぶんうるさい存在だったことでしょう。

それと平行して、サミーの輸送手段の準備も進めていました。アメリカの法律で、旅客機にエキゾチックアニマルを搭乗させることは禁じられていますので、航空貨物扱いで別便で運ぶ必要があることもわかりました。これはすごく不安にさせることでしたが、獣医師や頻繁に海外輸出をしているブリーダーの方々に聞いたところ、デルタ航空を使えば動物を丁寧に扱ってくれるし、経験も豊富で信頼できるという話しでした。調べたところ、ロサンゼルス空港から成田航空に直行する貨物便が存在することもわかりました。

次は輸送のためのケースの準備です。確実に安全であり、温度を維持できるものでなければなりません。イグアナのブリーダーの人から輸送のノウハウを教わりました。そこで、50時間ももつ使い捨てカイロも入手できました。 サミーのフライト時間はせいぜい10時間程度でしょう。すべての工程を加算したとしても20時間程度で済むはずです。しかし、途中で何が起こるかまったくわからないので、念のため何度もテストをしました。 カイロを入れなかった時の内部温度を測定し、入れた場合の最高最低温度が安全圏であるかどうかのテストも入念にしましたし、カイロをどこに取り付けるべきかを判断するために、衝撃テストもしました。カイロは使用開始後に 大変固くなります。当初箱の側面に取り付けていましたが、衝撃テストによってはずれてしまうことがわかったので、底面に固定することにしました。サミーは、シートベルトも何もないので、飛行機がどんなに揺れても、絶対安全な状態にする必要があったのです。

wsp12importpermission そして、アメリカの輸出許可がとれたら、直ちに日本の輸入許可の申請を行わなければなりません。合法的にサミーを連れてくるためには、輸出国と輸入国両国の許可が必要なのです。ここでもYILが手伝ってくれました。 私は難しい漢字がわかりませんので、自分で申請書類を作成することは不可能だったのです。日本側の通産省への許可申請手続きの一切を山内昭さんと多佳子さんに一任しました。 年末の大変な時期にもかかわらず、YILの多大な努力によってなんと4日で輸入許可をとることができました。

いよいよ実際に輸送するときが来ました。許可が取れた時はちょうど日本にいたので、輸入許可の原本を受け取り(コピーやFAXでは不可)、サミーを迎えることだけを目的に1日だけロサンゼルスに戻りました。戻ってすぐに サミーを獣医に連れて行き、海外輸出に耐えられる健康状態であるという証明をもらうために、全身の健康診断をしてもらいました。その時点で私の体力もピークに達していて、動物病院でサミーを抱いたまま倒れそうになりましたが、まだ倒れるわけにはいきません。次の日には日本に向けて出発するのです。



wsp01arrival wsp02awb wsp03customs
左:成田空港に到着
中央:AWB(Air Way Bill)をもらいに行く(左:今井さん)
右:税関の前で(中は撮影禁止でした)

1998年1月1日。山内昭さん、多佳子さん、そして多くの友人たちの協力によって、私とサミーちゃんは無事に成田に到着しました。しかし、サミーと再開できるまで、まだまだ試練が続きます。YILの昭さんとご友人の今井さんと私は、成田の貨物エリアで3ヵ所の建物を回り、何度も手続き書類を書いて、ようやくサミーが入っている箱を受け取ることができました。今井さんは、ゲッコーなどの個人輸入の経験があったので、この時は大変な助けになりました。サミーの箱を開けた瞬間、嬉しさがこみ上げてきて感極まってしまいました。

wsp05sammyinbox2 wsp04sammyinbox
左:長時間のフライトと、多数の書類手続きのあと、ようやくサミーちゃんが入った箱を受け取りました(山内昭さんと)
右:無事でありますように。箱には「LIVE HARMLESS LARGE LIZARD」(生きた無害な大型トカゲ)と書かれています

wsp06welcome wsp07afterbath 可愛い顔をのぞかせ、ぺろっと私のことを舐めて挨拶をしてくれました。期待した通り、箱の中の温度は理想的に保たれていて(箱の内部には最高最低温度計を設置していました)、サミーの体温は暖かく無事でした。 東京のアパートに着き、サミーをお風呂にいれて、餌を与えたところ、大変よく食べてくれました。長時間の輸送に対するストレスはまったくなかったようでした。

wsp08startinglife 現在、東京でサミーといっしょに大変幸せな毎日を送っています。最初の数日間は、夜中に目が覚めてしまい、サミーが本当にそこにいるかどうか確かめていました。目が覚めると、あれはすべて夢だったのではないだろうかという感覚に脅えていたのです。日本に一緒にいるはずがない、と。

でも現実なのです。ヒートパッドの上で、両手を後ろに投げ出して安心して眠っているサミーがここにいるのです。



アメリカでは、イグアナは去年の「捨てられたペット」の第1位でした。ペットショップに行くと、里親探しの成体イグアナが何匹もいます。私は、サミーを買った時、生涯、彼女を幸せにするために最大限の努力をすることを誓いました。
この感覚を、多くの人は理解してくれませんが、YILの人たちは分かってくれました。ご理解いただけたことに、大変感謝しています。サミーをベビーシッターに預けてロサンゼルスに置いておくこともできませんでしたし、彼女を誰かにあげたりすることは私には絶対に考えられないことでした。

こんなトカゲが私の心を奪い、人生の多くの部分を占めてしまうなどと、誰が予想できたことでしょう。サミーとあのペットショップで出会ってから、もうじき丸4年が過ぎようとしています。でも、付き合えば付き合うほど、新しい発見があり、ますます彼女の魅力に魅了されています。何て奥の深い生き物なのでしょう。昨年のある日、サミーとロサンゼルスのビーチで日光浴をしていました。あるご夫人が近寄ってきて、「なんて素晴らしい芸術品でしょう」と言って去っていきました。

このご夫人は真実を語ったのです。


....................................江黒真理衣(Marie Eguro)


編集後記:山内 昭
現在、東京のアパートで、江黒さんはサミーちゃんとの幸せな生活を始めています。
生き物に対する感覚は、飼育者によってかなり異なると思いますが、私どもは、コンパニオンアニマルというスタンスを踏襲しています。彼らは、分類上は単なる爬虫類ですが、飼い主にとっては、れっきとした家族の一員なのです。地球上のどこに移り住もうと、一緒に行くのが当然だと考えています。大きくなったから手放すとか、引越しをするから誰かにあげるなどということは、われわれには考えられないことです。