代謝性骨疾患(MBD)



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極度のMBDに陥ったイグアナ。四肢で体を持ち上げることが出来ず、ぐったりしている。体色も悪く、食欲もない。(写真提供:VEIN

b-ball 概要

飼育下のイグアナで、最も多く、また危険な病気に代謝性骨疾患(以下MBD:Metabolic Bone Disease)がある。世界中で飼育されているイグアナの80%以上が陥っているという報告もある。

食物から摂取されたカルシウムは、まず小腸で血液中に取り込まれ、血中のカルシウム濃度が高まると、調整のためにカルシウムは骨に貯蔵される。また、血中カルシウム濃度が下がると、骨に蓄えられているカルシウムは血液中に溶出する。このようにして、血中カルシウム濃度は微妙なバランスを保っているのは周知の事実である。
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典型的なMBDの症状。俗に「グロテスクスマイル」と言われるように、下顎の左右が張り出し、笑ったような顔になる。下顎は短くなり、左右は大きく腫れる場合がある。(写真提供:VEIN
そして、この血中カルシウム濃度の調整には、活性化されたビタミンD(ビタミンD3)が必要であることも知られている。
何らかの原因で、このカルシウム濃度の調整がうまくできず、骨からのカルシウム溶出量が多くなり、骨がもろくなる病気を総称して、「MBD」と呼んでいる。「骨粗鬆症」とか、「骨軟化症」と呼ばれているものもMBDの範疇である。
MBDは発生年齢によって症状が大きく異なる。成長期の幼体では、顎、脊椎、尾椎、大腿骨、上腕骨などが大きく変形し、改善されても後遺症として残ることが多い。
成体では主に骨折、顎や手足の腫れ、四肢や尾の麻痺や痙攣などの神経系統の症状が現れることが多い。

b-ball 症状

成長の段階や、その個体によって症状の現われ方や順序に差があるが、次のうち、いずれかの症状が現われたらMBDに陥っている可能性がある。
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尾に症状がでた症例。脊椎や尾椎に顕著に症状があらわれることもある。幼体のころの変形は、多くの場合MBDが改善されても障害として残る。(写真提供:VEIN
顎の骨も軟らかくなるにつれ、筋肉に引かれて前後に縮み、左右に張り出したようになる。イグアナの顔を真横から見て、下顎の先端が上顎よりも引っ込んでいたり、正面から見て、下顎だけが両脇に張り出している感じになっていたら、MBDの可能性は十分に考えられる。慢性的なMBDでは歯茎の炎症やマウスロットも併発していることも多く、下顎におできができたと勘違いすることも多い。しかし、一般的には両側ともほぼ対称に変形が進行するので、馴れると顎の変形でMBDの進行を確認できる。なお、下顎の変形は成体よりも幼体のイグアナに顕著にあらわれる。
血中カルシウム濃度の低下により、神経系統の情報伝達がうまく行かず、歩行困難になったり、手足や尾の麻痺、痙攣などが見られるのも特徴である。
特に前足の痙攣や、手の甲を下について歩く様子が観察されたら要注意である
これらの症状が観察されたら、動物病院で血液検査とX検査によって診断をしてもらい、一刻も早く治療を行う。

b-ball 問診

●餌の種類
MBDに陥っているイグアナは間違った餌を与えれれていることが多い。動物性タンパク質を与えていないか、九官鳥の餌を与えていないか、リンの多いフルーツ(バナナ、メロンなど)を与えていないかを確認する。
ホウレンソウなどの蓚酸含有量の多い野菜はカルシウム吸収を阻害するので与えないようにする。
●紫外線照射量
原因として最も多いのが紫外線不足からくるMBDである。自然界のイグアナは直射日光による紫外線をふんだんに浴び、ビタミンDを活性化しているといわれている。
飼育下でも紫外線照射は重要である。直射日光浴ができる環境にあるか、紫外線を放射する蛍光灯は設置してあるかを確認する。
●飼育温度
いくらよい餌を与えても、消化できる温度に達していない環境で飼育している場合も多い。飼育環境に温度計は設置してあるか、最高温度と最低温度を把握しているかを確認する。

b-ball 血液検査

尾から採血を行い、成分分析を行う。
血中のカルシウム濃度が低くなっていたり、カルシウムとリンの比率が逆転(カルシウムがリンよりも低くなっている)している場合はMBDに陥っている。

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X検査では、骨質の溶出が確認され、骨の輪郭がぼやけて写るのがMBDの特長である。骨の軟質化に伴って周りの組織が腫れる。特にそけい部や上腕部が顕著に腫脹するので外見的にも明確になってくる。
また、骨の軟化によって骨折しやすくなり、骨折があるイグアナはMBDの可能性を疑ってみる必要がある。本来イグアナは落下など物理的衝撃に対してはかなり丈夫な生き物であるが、飼育下でMBDに陥っていると、ちょっとした落下などで骨折をする。
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MBDのイグアナX線DV像:骨質が薄く、骨がほとんど写らない。(写真提供:VEIN

b-ball 原因と対策

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(写真提供:メリッサ・カプラン)
飼育下のイグアナがMBDに陥る原因はいくつか考えられる。
などが主な原因になっている。
MBDは病院で治療するというよりも、正しい飼育知識を伝達し、下に記すような環境改善と餌の改善を早急に徹底しないと治らない病気である。

・餌の改善

カルシウムが不足しているので、カルシウム含有量の多い餌を与える必要がある。市販の野菜では、カルシウム含有量の多いコマツナ、チンゲンサイ、モロヘイヤなどをメインにバリエーションを組むことを指導する。しかし、これらの野菜も産地や季節によって、カルシウム含有量はかなり大きく変動するようなので、すでにMBDに陥っている場合は、カルシウム剤を併用した方が良い。明らかなMBDの場合、ビタミンD3(哺乳類用のビタミンD2とは異なる)が配合された炭酸カルシウム剤(哺乳類用のリン酸カルシウムではない)を使用する。他のビタミン類も効果があると思われるが、脂溶性ビタミン類の多給には注意する。ビタミンD3の過剰も危険であるが、正しい用量は不明である。
消化管からのカルシウム吸収率は、摂取した食物のカルシウム:リンの比率にも影響されるので、リンの方が多いような給餌ではMBDは改善されない。特に、肉類や、ミルワーム、コオロギ、ドッグフードなどの動物性タンパク質が多い食品や、九官鳥の餌を与えていた場合は問題である。これらの餌は圧倒的にリンの比率が高いので、MBDに陥りやすいことが報告されている。治療中は特にカルシウム:リンが2:1以上の割合でカルシウムの方が多い餌を与える。

・紫外線の照射

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(写真提供:メリッサ・カプラン)
紫外線によって活性化されたビタミンD3は、血中のカルシウム濃度を調整するのに必要である。また、消化管からのカルシウム吸収率を高める作用もある。
ビタミンD3は、食品から取るだけでは不完全で、吸収後に紫外線によって活性化されなければ有効利用できない。自然界のイグアナは、赤道直下の強烈な太陽光線を毎日浴びており、同時に有効な紫外線(波長290nm〜320nm付近のUVB領域)を浴びてビタミンDの活性化を行っているといわれている。
飼育下では多くの場合、圧倒的に紫外線が不足し、MBDに陥るケースが多い。特に冬寒い地方での飼育では、冬の間、温度の維持をしながら直射日光を当てるのが困難であり、MBDになりやすい。夏場は出来る限り直射日光浴をさせ、冬場は紫外線を放射する蛍光灯の併用が不可欠である。
尚、日光浴も紫外線を放射する蛍光灯も、ガラス越しではなく、直接あてる必要がある。波長の短いUVB領域の紫外線は通常の3mm厚窓ガラスでも96%以上吸収されてしまうからである。

・飼育温度の見直し

餌をいくら改善しても、それを消化するための環境が重要である。イグアナは腸内細菌の力で植物の消化をしているので、温度によってその効率は大幅に変わる。効率よく摂取した食物を消化し、吸収するためには、35度位の温度が必要であると言われている。したがって、餌はできるだけ午前中に与え、日中イグアナの体温が35度前後に上がるような環境にしなければならない。夜間は、代謝のために25度くらいに下げた方が良いが、絶対に25度以下にはならないようにする。治療中は免疫力を上昇させるためにも、夜間でも27〜28度位を維持した方がよい。

・広さの改善

骨に保存されるカルシウム量は、運動量にも関係している。運動量が減ると、カルシウム量も減少する。特に、狭い水槽などで飼育していると、必然的に運動量が減り、MBDに陥りやすくなる。イグアナは3次元的な運動をするので、面積を増やすのではなく、背の高い温室など、3次元的に移動できるケージで飼育する。